このサイトが生まれたわけ
べつべつに画面を見るひとときを、いっしょに笑える時間に。

このサイトをつくった私から、遊びにきてくれたみなさんへ。そして、いつかこれを読む私の子どもたちへ。ここには、Oyako Gamesをつくろうと思った理由を書いておきます。
心に残っている、ある親子の姿
ベビーカーに乗った、幼稚園に通うくらいの子どもが、親から渡されたiPadをずっと見て、静かにしていました。そのそばで、親は疲れた顔をしながら、自分のスマートフォンを熱心に見ていました。ゲームをしていたのかもしれませんが、何を見ていたかまではわかりません。
その光景が、とても印象に残っています。同じような姿を、いろいろな場所で何度も見かけてきました。
私も、保育園に通う子どもをふたり育てながら、「喜んでくれるかな」と思って連れ出しては、疲れていました。だから、その親の気持ちがよくわかりました。子どもを大切に思っていても、親だって疲れます。ひと息つきたい時間もあります。
スマートフォンを、会話のきっかけに
それなら、スマートフォンひとつで遊べて、子どもとの会話のきっかけにもなるゲームがあったらどうだろう。道具をたくさん用意しなくても、横に並んで、同じものを見て話せる。一緒に考えて、笑いあえる。
「ここにあるかな?」「さっき、あっちで見たよ」。そんな短いやりとりから、子どもの記憶のなかに、親と一緒に遊んだ時間が少しずつ増えていく。その手助けができたらと思ったことが、このサイトをつくったきっかけです。
疲れている日にも、むりなく「ひとつだけ、やってみよう」と言えるように。毎日つづけることや、すべてのゲームをおわらせることより、ふたりで過ごしたひとときを大切にしたいと思っています。
できるだけ多くの子どもが、一緒に遊べるように
私の子どもは、生まれてすぐに、心臓に穴があることがわかりました。心臓や肺のはたらきを一時的に機械にまかせる「人工心肺」を使う、大きな手術が必要になるほどの大きさでした。
私の子どもの場合は、手術で治せる種類のものでした。それでも、親として感じた負担は、とても大きなものでした。障害や病気とともに暮らすお子さんや、ご家族の経験を、この経験だけでわかったとは言えません。負担の大きさを比べることもできません。
そのうえで、できるだけ多くの子どもが、親と一緒に遊べるものをつくりたいと思っています。だから、このサイトではユニバーサルデザインを大切にしています。年齢や、見えかた、読みかた、操作のしやすさが違っても、できるだけ使いやすくするための考えかたです。
このページの漢字にふりがなをつけることも、そのひとつです。すべての人にとって十分に遊びやすくできた、とはまだ言えません。遊びにくさを見つけたら見直しながら、一緒に遊べる人を増やしていきたいと考えています。
AIが身近な時代にも、大切なこと

これからの子どもたちにとっては、スマートフォンやインターネットだけでなく、AIも小さいころから身近にあるものになっていくと思います。技術が変わっても、情報をどう扱うかは、ずっと大切なことです。
でも、親だからといって、その仕組みや気をつけることを十分に学ぶ機会があったとは限りません。自分でもよくわからないことを、子どもに教えるのは難しいものです。親子で一緒に学べる場所があったら、と思っています。
たとえば、遊んだ記録はどこに残るのか。入力した情報を、だれが、なんのために使うのか。送る前に、どんなことを確かめればよいのか。身近な疑問を、ひとつずつ考えられるようにしたいのです。
危ないことに気づき、避けたり減らしたりしながら、便利な技術を自分のために使っていける。その土台を、このサイトで遊ぶことを通して学べるように育てていきたいと考えています。
いま読めること、これから育てたいこと
いまは、このサイトのデータのあつかいと、親子で考えるためのデータをまなぶページを用意しています。遊ぶなかで自然に学べる体験は、これからもっと育てていきたい部分です。
広告と、このサイトを支えるお金についても説明しています。無料で遊べる仕組みも、親子で考えるきっかけにしてほしいと思っています。
この思いを、いちばん読んでほしいのは、私の子どもたちです。そして、このサイトを、私自身が親としていちばんほしかった情報源にしていきたいと思っています。
いつか、これを読むあなたへ
いっしょに見て、話して、笑った時間が、あなたのなかに少しでも残っていたら、うれしいです。
そして、あなたがこれから出会ういろいろな技術を、自分や大切な人のために使っていけますように。わからないことは、いっしょに考えていこう。そのための場所として、このサイトを育てていきます。